ネットワーク社会の中では、唯一の運動は「指先の運動」とBBUである。指先の運動にはすでに「マウス」と「キーボード」というアタッチメントが装着されているが、BBUにはない。もしコンピューターに連結する、BBUのアタッチメントがあれば、どんな可能性があるだろうか
今日、ネットワーク社会のコミュニケーションは、「マウス」や「キーボード」といった「端末」によって行われている。この端末という言葉は、人間自身の身体の端末とも考える。端末における「マウスのクリック」や「キーボードをたたく」といった動作でコミュニケーションをすることを、「端末運動による出力」と呼ぶことにする。
一方、コンピューターからの信号は、「映像信号」や「音声信号」がほとんどである。そこでこれを「AV信号による入力」と呼ぶことにする。
ネットワーク社会では、脳は、「端末運度による出力」と「AV信号による入力」という状況で、外界からの情報のやりとりをしている。
人間とコンピューターの関係をわかりやすく図示したのが右図である。人間はコンピュータと「端末運度による出力」と「AV信号による入力」というサイクルを通して、さまざななクリエーションを、コンピューターの中で行っている。このサイクルを「クリエイティブ・サイクル」と呼ぶことにする。
人間の運動は、「端末運動」をしながら、一方でBBUという運動も行っているのがわかる。
クリエイティブ・サイクルが好調に回転しているとき、「アイデアがどんどん出てくる」という状態になる。このとき、我々の足は、「正のBBU」を行う。
クリエイティブ・サイクルの振動は、アイデアプロセッサーという、生命の長い歴史が作り出した「脳」というシステムから生まれている。そしてBBUも生命の歴史が生んだ「身体」というシステムから生まれている。この二つの波長は、とても近い周期をもっているはずである。
そこでBBUの振動を感知するアタッチメントで、振動パターンをコンピューターに入力してみる。これは、「マウス」のような入力端末である。その振動をコンピューター内で「AV信号」に変え、脳に入力する。これが脳内の「クリエイティブビート」にシンクロすれば「創造性の補助システム」になる。
これまでアイデアプロセッサーが回転しはじめるまで、つまり「思考がのってくる」までには、「自分だけの儀式を行う」などアイドリングの時間が必要であった。しかしBBUアタッチメントが最適のビートを記録してくれていれば、ちょうどエンジンのセルモーターのように、アイデアプロセッサーが回転運動を始めることも補助してくれるだろう。
これまで捨てるしかなかったBBUの振動を、創造性の補助システムとして使う。これはちょうど、「ヒートポンプ」のようエコシステムに似ている。
ネットワーク社会で発生しやすい「GAPエネルギー」を、我々は「負のBBU」という運動で、すこしずつ放電している。BBUアタッチメントの可能性といして、もうひとつ考えれらのが、その「負のBBU」を回収し、ひとつの「システム」を作ることである。
このモデルは「グリッドコンピューティング」のような、個人所有の機械が持つ計算能力をネットワークで集めて、おおきな仕事をしようとするモデルと似ている。
かつて物理的振動が宇宙を作り、地球が生まれた。そしてその地球の海は生物的振動を作った。そして生物的振動は、機械的振動を生み、文明社会を築いた。その機械的振動の中で、人間は、日々BBUという生物的振動を発生させている。もしこの生物的振動であるBBUを集めて、機械的振動のコンピューターネットワークに「子守唄」のように聞かせ続ければ、いままで見たことがない「BBUの宇宙」を作ることができるかもしれない。
みんなで宇宙を作る。そのためにみんなで輪になって体をゆする。それはいわば「祭」である。そして「祭」とは、日々のストレスをいっきに発散させるイベントである。壮大な「祭」をネットワークの中に作ることができれば、GAPエネルギーが貯まりがちな現代人を「クリエーションの祭」へ導くことができる。
BBUアタッチメントは、「脳」にかたよりがちな現代人をふたたび肉体性に回帰させる。そしてなんといっても「ビンボーゆすり」でクリエーションをするという、もっとも「ムダ」な行為が、人間の持つ「おもしろい、おかしい」という高度な遊びの「感情」を刺激するだろう。
あなたの足の振動=BBUは、我々に、何を教えようとしているのだろうか?
ときにBBUの小さな振動は、人間の持つ「負のエネルギー」を少しづつ解放し、人間が破滅へと向かうことを食い止めようとしてるのかもしれない。
ときにBBUの小さな振動は、人間の持つ「正のエネルギー」を蓄積し、人間が新しい世界を創造することを助けようとしてるのかもしれない。
いずれにしても、BBUの振動は、脳の中ではなく、現実世界の、あなたの「足」という肉体でおきている。それは「脳」の世界にかたより過ぎている現代社会に、とても重要なひとつのメッセージを発している。
「所詮人間は、考える足である。」
ということを。
土佐信道(明和電機・社長)